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福岡高等裁判所 昭和53年(く)72号 決定 1978年10月07日

主文

原決定を取消す。

熊本地方裁判所玉名支部が昭和五三年七月二五日、被請求人に対する道路交通法違反被告事件についてなした刑の執行猶予の言渡はこれを取消す。

福岡地方裁判所久留米支部が昭和五三年一月一一日、被請求人に対する強姦致傷被告事件についてなした刑の執行猶予の言渡はこれを取消す。

理由

本件抗告申立の理由は、記録に編綴の抗告申立書記載のとおりであるが、要するに、

被請求人は、昭和五三年七月二五日熊本地方裁判所玉名支部において道路交通法違反(無免許運転)事件(以下、本件という)により懲役三月、二年間執行猶予の判決の言渡を受け、同判決は同年八月九日確定した。ところが、その後、被請求人は同年一月一一日に福岡地方裁判所久留米支部において強姦致傷罪(以下、前件という)により懲役三年、四年間保護観察付執行猶予の判決言渡を受け、同判決は同月二六日確定した事実が判明した。そこで、検察官は同年八月三〇日、熊本地方裁判所玉名支部に対し、刑法二六条の二第三号により右道路交通法違反被告事件の、同法二六条の三により右強姦致傷被告事件の各判決の執行猶予の言渡の取消を請求したところ、同裁判所は同年九月二七日、要旨、(1)被請求人は本件のほかにはこれまで交通事件によつて懲役刑に処せられたことがないこと、(2)本件は偶発的な犯行であること、(3)前件による保護観察中の成績は稍良であつて、担当保護司及び母親が今後の指導監督を誓つていること、(4)刑事裁判の実務において、執行猶予中に犯した罪の法定刑として懲役刑と罰金刑が選択しうるものとされている場合に、懲役刑を選択すると執行猶予の言渡が取消されることとなつて長期の懲役刑に服さなければならなくなる重大な結果を招くような特別の事情がある場合には、特に罰金刑を選択して執行猶予の言渡の取消を回避させることも皆無とはいえないこと等を総合勘案すると、本件の裁判において罰金刑を選択する余地が全くなかつたとはいえないのみならず、本件執行猶予の言渡をそのまま維持することが刑事政策的見地から具体的妥当を欠くものとも断じ得ないから、本件執行猶予の言渡を取消してその法的安定を害する処分を行うことはこれをさしひかえるのが相当であり、結局、本件の執行猶予の言渡は取消すべきではなく、したがつて、前件の執行猶予の言渡も取消すべきではないとして、検察官の請求を棄却する旨の決定をした。しかし右決定のあげるところはいずれも理由がなく失当であるから、同決定の取消と右各執行猶予の言渡の取消を求めるというのである。

よつて、所論にかんがみ記録を調査するに、被請求人が本件及び前件の各判決においていずれも執行猶予の言渡を受け確定したこと、熊本地方裁判所玉名支部における本件の審理においては、前件判決の存在は全く不明のままでその後になつてこれが発覚するに至つたこと、そこで、検察官が熊本地方裁判所玉名支部に対し右各執行猶予言渡の取消を請求したところ、同裁判所は昭和五三年九月二七日右請求を棄却する旨の決定をしたことが明らかである。

そこで、右決定の当否を検討すべきところ、一件記録によれば、

本件それ自体は一回の無免許運転の事犯に止まるけれども、(1)右無免許運転をするについては酌量すべき格別の事情もなく、ただ友人を探すために他の友人の自動車を約二時間にも亘つて運転したものであること、(2)被請求人は昭和五一年中に業務上過失傷害罪及び前後七回に亘る道路交通法違反の罪により合計八回の罰金刑の処罰を受けたものであり、特にそのうちの最後の三回はいずれも無免許運転を含む事犯であつたこと、(3)本件は前件による保護観察付執行猶予期間中の事犯であり、法の定める善行保持義務やこれに違反した時の効果等は言渡の際の説示によつて十分に知悉しており、また保護司による指導を受けている際の犯行であること、(4)前件の強姦致傷事件は、友人二名と共謀して通行中の女性(当時一六年)を誘い、深夜人影のない梨畑に停車した自動車内で敢行したものであるが、被請求人において右女性を誘い、犯行場所を指示、誘導し、率先して犯行に及ぶなど主導的に行動したこと等にかんがみるときは、被請求人はたやすく矯正し難い犯罪的性向を有するとともにその遵法精神の欠如は著しいものがあり、本件事犯はその顕れに外ならないものと認められる。してみれば、本件に関しては、もはや原決定のいう如く罰金刑の選択を相当とすると解すべき余地は存在せず、懲役刑をもつて処断するのが相当であり、そして、その審理において前件判決の存在が判明していたならば、再度の執行猶予の言渡は法律上不可能であるから、当然懲役刑の実刑をもつて処断さるべきこととなるのである。右に考察したところによれば、本件判決の執行猶予の言渡は刑法二六条の二第三号によりこれを取消すのが相当であり、したがつて、前件判決の執行猶予の言渡は同法二六条の三に従いこれを取消すべきものである。

よつて、検察官の前記請求を却下した原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから刑事訴訟法四二六条二項に則り原決定を取消し、さらに前件判決及び本件判決の各執行猶予の言渡はいずれもこれを取消すこととして、主文のとおり決定する。

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